2016年07月04日

に楽譜なんかいらん



というタイトルを付けた。うん、新聞みたいな感じである。私が好きな「ライブ」に近い。この感触はいい感じである。大体、自分の過去記事、私はまったく読まないし、興味がない。でも、すべて、印刷して段ボールの中にあるところが、鋭いのだ。やはり、人生の一部を切り取って書いている公開大學 課程のだから、一応、現物として残しておきたい。いずれ、息子と娘がフランス語に翻訳するっと健気にも言ってくれているしね。
 ずぅと、私は「ブログ批評」をしようかな、と思っている。っても、私のお気に入りブロガーさんたちの。でも、なんか、私はいいのかも知れないけれど、先方から「止めて頂戴長大な余計なお世話っ」となる可能性が大なのでやらないでいる。ちゅうか、批評じゃなくてオマァージュだから、むしろ、さり気ない方が恰好いいのである。
 ところで、記事内容が重複してはいかんと考えていた。でも、おしゃべりは重複している。じゃ、いいのだ、ライブだから、となった。

 私がピアノを再開した理由をもう一度箇条書きにしてみる。

 女にもてたい ちやほやされたい 格好付けたい あがり症=自意識過剰を克服したい 篭り症を治したい 大体私は家からほとんど出ない庭仕事とスーパーの買い出し以外は行きたくないしコンサートも億劫なのである人と会うのがめどうだカミサン以外にはあんま会いたくないのである後は避孕 藥 副作用息子と娘結局ほっておくとピアノ料理庭弄り小説書きカミサン息子娘以上という異常な生活になるから少なくともコンサートぐらいはしないと昔患った自閉症城に幽閉となるというお話ね。

 やはり、マルセルデュシャンの「自分にとって自分ほど興味のないものはない」。こういう先達がいたから一応、おっ、十二分に楽しく生きとるわいっ! 若人よっ、篭っちゃ駄目だぜっ
てっ! 中年も高年も一緒なんだから。
 楽譜がないと音楽が出来ないという方がいらっしゃる。とりわけ、私の印象では日本に多い。楽譜、譜面ともいうけれど。ここで、屁理屈苦言。あのね、お話しする時に台本いる? ほ
らぁー。台本読んでカフェでしゃべくる奴はお笑い芸人にはいるかも知れないけれど、芸能人というのか芸能雑誌の方がいう「一般人」にはいないのだ。たとえば、社会に出て、「マニュアル君」、これは馬鹿と言われる。特にクレーム処理とか。結局ね、楽譜、人生ではなんの役にも立たない。逆に縛り。マゾヒストの語源ザッヘルマゾッホである。では、楽譜を暗譜すればいいのか? 同じことだし、なんだか頭の良さの競争にしかならない。

 あのね、音楽ちゅう字は「音を楽しむ」って書くわけ。楽譜だって同じ。学譜ではない。大体、音楽を仰々しいものにしてはいかんのである。鼻歌で十分。口笛。太鼓避孕 藥どんどん。こういうもの。西洋音「学」の教育的弊害と申し上げる。音楽にランキングなんかないから、いいのだ、どうであっても。下手で構わないの。
  


Posted by 吉は笑顔を引っ at 12:31Comments(0)
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